大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2888号 判決 1977年10月31日

控訴人(原審原告) 株式会社 エース商事

右代表者代表取締役 中村啓三

右訴訟代理人弁護士 福長惇

被控訴人(原審被告) 栗田昇平

右訴訟代理人弁護士 松本樫郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

1、被控訴人から控訴人に対する静岡地方法務局所属公証人姉川捨己作成昭和四八年第四六五号債権譲渡並に債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、そのうち同公正証書記載の「譲渡債権の表示」の参に表示された二〇万四、七五五円の債権については、これを許さない。

2、控訴人のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は第一、二審を通じこれを三〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一、申立て

(控訴人)

一、原判決を取消す。

二、被控訴人から控訴人に対する静岡地方法務局所属公証人姉川捨己作成昭和四八年第四六五号債権譲渡並に債務弁済等契約公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行はこれを許さない。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、請求の原因

一、被控訴人より控訴人に対する債務名義として静岡地方法務局所属公証人姉川捨己作成昭和四八年第四六五号債権譲渡並に債務弁済等契約公正証書(以下本件公正証書という)が存在する。

二、本件公正証書には要旨次の如き条項が記載されている。

1、債権譲渡人萩原久吾は、昭和四八年二月一二日債権譲受人渡辺高に対して負担する昭和四七年九月一五日金銭消費貸借に基づく二五〇万円及び同年一〇月二〇日金銭消費貸借に基づく二〇〇万円(いずれも利息年七・二%)の債務弁済のため、左記債権を渡辺に譲渡する(以下第一回債権譲渡という)。

記(譲渡債権の表示)

萩原が控訴人に対して有する金銭消費貸借に基づく

(1)、昭和四七年九月二一日貸付の二五〇万円(利息年七・二%)

(2)、同年一〇月二四日貸付の二〇〇万円(利息同右)

(3)、同年七月八日から同月三一日までの間に会社設立準備金として貸付けた二〇万四、七五五円

2、控訴人は、右債権譲渡を承諾した。

3、控訴人は、渡辺に対し右債務を次のように履行する。

イ、元金は、昭和四八年三月から同四九年二月まで毎月末日限り四〇万円宛(但し初回のみ三〇万四、七五五円)一二回にわたり分割支払う。

ロ、利息は、右元金支払のつどそれまでの分を支払う。

ハ、遅延損害金は日歩三銭の割合とする。

ニ、控訴人が割賦金もしくは利息の支払を二回分以上遅滞したとき、または他の債務につき仮差押、仮処分、強制執行、競売、破産もしくは和議の申立を受けたときは、当然期限の利益を失う。

4、控訴人は渡辺に対し右債務を担保するため、控訴人が訴外株式会社第一生命ビルディングに対して昭和四七年九月二日控訴人の本店事務所賃借のため差入れた一四三万七、八五二円の敷金返還請求権を譲渡した。控訴人が債務を履行しないときは、渡辺は右敷金返還額を弁済に充当することができる。

5、控訴人は、渡辺に対し右債務を弁済できないときは、控訴人の有する電話加入権、(イ)沼津六三局一六三〇番、(ロ)同局一六三一番を時価により代物弁済として譲渡する。

6イ、控訴人は渡辺に対し右債務を担保するため、控訴人所有の物件(什器備品類)を譲渡し、占有改定の方法により引渡した。控訴人が右債務を履行しないときは、渡辺はこれを任意に売却し、その売得金を弁済に充当する。

ロ、控訴人が債務を履行しないときは、渡辺はいつでも単独の意思表示により右法律行為を失効させることができる。この場合には目的物件の所有権及び占有を当然原告に復帰させる。

7、萩原は、控訴人の渡辺に対する債務を保証し、控訴人と連帯してこれが履行の責に任ずる。

8、控訴人及び萩原は、本件契約上の金銭債務不履行のときは直ちに強制執行を受くべきことを認諾した。

三、渡辺高は、被控訴人に対し、静岡地方法務局所属公証人姉川捨己作成昭和四八年第一五一七号債権譲渡契約公正証書(昭和四八年六月二九日作成、以下第二の公正証書という)により、本件公正証書による渡辺高の控訴人に対する債権を譲渡(昭和四八年六月九日である、以下第二回債権譲渡という)したものとし、昭和四八年六月二九日付内容証明郵便により控訴人に対しその旨の通知をした。

四、異議の主張

しかしながら、本件公正証書に表示された請求権は、次の1ないし6のとおり、全部存在しない。

1、債権譲渡人萩原は、控訴人に対し、本件公正証書の「譲渡債権の表示」(前記二の1の(1)(2))に記載されているように、二口合計四五〇万円を貸渡したことはない。

2、仮に右金銭貸借が真実であったとしても、右貸借は萩原が控訴人の代表取締役であったという特別な関係に基づくもので、明示または少くとも黙示的に譲渡禁止の特約があった。そして渡辺は、右特約の存在につき善意の第三者ではなかったから、萩原から渡辺に対する債権譲渡は無効である。

3、のみならず、そもそも渡辺の萩原に対する昭和四七年九月一五日と同年一〇月二〇日の貸借なるものは架空であり、その弁済のためという第一回債権譲渡は仮装行為であるから無効である。

4、仮に右主張が容れられないものとしても、本件公正証書による第一回債権譲渡は、萩原が渡辺に対して負担する自己個人の債務弁済のため、萩原の控訴人に対する債権を渡辺に譲渡し、同時に、萩原が自ら控訴人の代表取締役として、右債権譲渡に対し債務者としての承諾を与え、その履行方法を約定し、かつその担保として控訴人の有する敷金返還請求権等の財産を譲渡したものであって、会社と取締役との間の取引にあたるから、当然控訴会社の取締役会の承認を受けるべきであったのに、これを受けないでなしたものであるから、無効である。

5、第二の公正証書による渡辺から被控訴人に対する第二回債権譲渡は、仮装行為であって、無効である。

6、仮にそうでないとしても、右第二回債権譲渡は、他人に訴訟行為(強制執行手続等を含む)をさせることを主たる目的とした財産権の譲渡、すなわち訴訟信託にあたり、無効である。

五、よって控訴人は、被控訴人に対し、本件公正証書の執行力の排除を求める。

第三、答弁及び被控訴人の主張

一、請求原因一ないし三の各事実を認める。

二、同四の事実は、同四の1のうち萩原が控訴人の代表取締役であったことを認め、その余を否認する。

(被控訴人の主張)

一、萩原は、控訴人に対し、請求原因二の1の(1)ないし(3)のとおり合計四七〇万四、七五五円を貸し渡した。

二、右のうち請求原因二の1の(1)、(2)の計四五〇万円の貸付については、控訴人の取締役会の承認を得ている。

第四、証拠《省略》

理由

一、請求原因二の1の(3)の、萩原が昭和四七年七月八日から同月三一日までの間に控訴人会社設立準備金として貸付けた二〇万四、七五五円については、右貸付けが《証拠省略》によって昭和四七年七月三一日であったと認められる控訴人会社設立以前になされたのであるから、借受人は、発起人ないし発起人組合であって、借入金が設立に必要な行為に使用されたとしても、その使用された金額が商法一六八条一項七号に所謂設立費用になるのであって、借入金債務そのものは設立費用とはならないし、右借入金債務が会社成立後、当然に控訴人会社に帰属するということはできない。そして、右借入金債務について控訴人会社が責を負うべき他の原因について被控訴人から何らの主張がなされていない。

従って、右借入金債務はもともと控訴人会社の債務として発生していないから本訴請求のうち右二〇万四、七五五円の債務に関する限りにおいて、本件公正証書の執行力を排除することを求める部分は正当と認められる。

二、本訴請求中、その余の部分については、当裁判所も、これを理由がなく棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次に訂正付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する(但し原判決理由中「荻原」とあるのを「萩原」と、原判決書九枚目裏八行目に「申込めれた」とあるのを「申込まれた」と各訂正する)。

1、《証拠省略》をもってしても右認定を動かすことはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2、また《証拠省略》によれば、控訴人がその代表取締役であった萩原から四五〇万円を借り入れることについては、取締役会の承認を得ていることが認められる。

本件債権譲渡は、右のとおり、取締役会の承認を得て萩原が個人として控訴人に対して有していた債権を渡辺に譲渡するものであるから、商法二六五条を適用ないし類推適用すべき取引には当たらない。

三、以上の理由により控訴人の本訴請求は、そのうち被控訴人に対する関係で、本件公正証書中二〇万四、七五五円の債務に関する執行力を排除することを求める部分は正当と認められるから、この限度でこれを認容すべく、その余は棄却を免れない。

よって控訴人の請求を全部排斥した原判決は、一部不当であるから、これを主文記載のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 園田治 木村輝武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例